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ご無沙汰してすいません名古屋行ったり京都行ったりして忙しかったもので(--;)さっき、スポーツマジNO.1でお馴染の池谷くんからメールがあって、実は明日から一年間マッスルミュージカルでラスベガス行ってきます、ということらしいんです、単身赴任らしいので、家族がちょつと可哀想ですが、ま、仕事だから頑張れと言っておきました、のちほど(^ー^)

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練習後、待っていたものは、野球部恒例の、シゴキ?でした、どうしても、一年生の謙虚な態度になれなくて、態度悪かったみたいですね、みんなそうなんですけど、しょうがないって言えば、しょうがないんですね、でもそのぶん、精神的にも肉体的にも、鍛えられて強くなるんですよ、その日は、エンドレスの、ベースランニング、一人がファーストベースに着いたら次がスタートします、全力疾走なんで、みんな倒れてました、汚い話しですがゲロはいたやつもいました、それが終わって、今度は教室で新入部員全員反省会、最後に、気合いを入れるための、ケツバン、バットでケツを殴られるんです、痛いのなんのって、赤紫にミミズ腫れになって、トイレにも行けませんでした、早く二年になりたい!そう思いました、こうして高校生活が始まりましたー続く。



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いよいよ、中学を卒業、高校に向けて、受験勉強です、正直勉強嫌いでしたから、成績は、中の上ってとこですかね、志望高校を先生に言ったら、お前の成績じゃ無理とあっさり言われました、確かやに、県立のトップクラスでしたから、ま、しょうがない、少しランクを下げて、市立にしましたが、そこも難しいと言われショックでした、何とか野球するためには高校に行って甲子園に行かないとプロになれない、かといって私立には行けないし、それから必死に勉強しました、努力のかいあって、合格しました、ところが、入学式に野球のユニフォームを持ってこいと言われ、不思議に思いました、まだ野球部に入るとはいってないのに、今思えば、何かあったんでしょうね、ともかく、入学式が終わって高校野球部初めての練習です、ついこの前まで三年で野球部では、最上級生だったので、そのままの態度が抜けなくて、練習後、待っていたものはー続く。



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フカフレプリッツは、まさにフカフレの味、さて、中学校の修学旅行で豪華とはいきませんが、船に乗っています、確か一泊しました、この時期、やはり、異性同士の告白が定番ですね、男子生徒の内?君が根?さんが好きで告白したいんだけど、ちょっと呼び出せない、困っていたので、僕が一肌脱ぎました、根?いる、ちよっといいかな、そう言うと女子生徒全員が振り向きました、僕も、ヒトゴとだから言えたんだけど、あの皆の視線に固まってしまいました、その後、根?さんが寄って来ました、『何?』『ちょっと話しがあるんだけどデッキにきてくれる』そう言いました、彼女はにこにこしながら出てきました、告白には、最高のシチュゥエイションです、『実は、内?が、話しがあるらしいんだけど 』そう言うと、彼女は『野村君じゃないの?』って、その瞬間ピンときました、ヤバイ、そうだったんだ、どうしょう、とにかくその場を去って内?君を呼びに行きました、それから、彼女と口を聞いていません、卒業式までー続く。



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ベッキーが北京に行ったお土産と言って、フカヒレのプリッツくれました(^-^)さて、中学校のこの頃からは、問題はおこしていません、やっと、落ち着いて、物事を考える事ができたみたいです、野球に集中していました、でもあまり強くなかったので、目立った活躍はしていません、ただ、野球部は人気があったので、他のクラブの女子がランニングをしているときバックネット裏あたりで必ずみんなスピードを落としていました、結構楽しい青春時代でした、その頃からガールフレンドができましたね、たんなる色気なんかない本当の友達です、だからハッキリ言ってブスでした、でも、俺にとっては、心を許せる友でしたー続く。



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今日は天気が最高です(^ー^)のちほど。



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思春期という時期は、難しい、ちょっとしたキッカケで、いろんな方向に向いてしまいます、自分自身が痛みを感じて初めて、人の痛みが分かります、おふくろの涙が自分を目覚めさせてくれました、それからは、親に心配かけるのはやめよう、いろんな幼い時の事も思いだされました、壊された親父の屋台、銭湯でなくした靴、いろいろ考えたら泣けてきました、よし、マジ頑張ってプロ野球選手になって、親孝行しょう、ただ残念だったことは、監督が美術の先生だったので、あまり野球を教えてもらえなかったことでした、ある程度、自分なりにやるしかないなー続く。



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ロケで、小学生のおもちゃになっていました、みんな、筋肉が珍しいみたいですね(^ー^)



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さて、いよいよ中学校に入学しました、勿論、野球部です、夢はプロ野球選手、頭は丸刈り、青かったのが、恥ずかしかったです、今は分かりませんが、その頃はいわゆる、シゴキがあたりまえでした、特に、二年生は自分達が散々シゴかれたぶん、待ってましたとばかりに一年生にぶつけました、まあ、その分、いろんな意味で強くなるんですが、一年生のクラスで、委員決めがあって、みんなが、いくつかの委員に、誰かを投票するといった形式です、その結果、給食、図書、体育委員に僕が選ばれてしまいました、先生から、どの委員をやりたいか聞かれ、体育委員をやらせてもらいました、ところがところが、またまた調子に乗ってしまい、体育の時間に、好き勝手やっていたら、ある日のホームルームで問題になり、委員を下ろされてしまいました、またまた試練がやってきました、遊んでいた仲間が悪かったのか?ちょっとグレちゃいました、野球の練習も、休みがち、喧嘩もしたり、カツアゲ『脅して何かを貰う』もやったりしました、何も考えてなかったんですね、ところが運命の
日がやってきました、学年主任に母が呼び出されて、学校に行き、話し合いになり、改めないと退学にもなりかねないと言われました、家に帰り、母が泣き出したのです、その時、俺は何て事をしたんだろう、体が震えたのを覚えています、おふくろの涙も、やきついています目にー続く。



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生徒会会長って、こんなに大変なものだと思いませんでした、毎月生徒会を開き、僕の両サイドには、副会長、書記、周りは各クラスの学級委員長、副委員長、エリートばかりの中で、議事進行をしていかなければいけません、人生で初めてプレッシャーといものを感じましたね、先生も、見ていてハラハラしていたと思います、もっと凄かったのは、地区児童会、いろんな小学校の代表が集まって会議するんです、この時、議長に指名された時、固まっちゃいまして、別にありません、としか答えられませんでした、情けなかった、今この場にいる連中はみんな、学力、学年トップクラスばかり、俺は何て場違いなところにいるんだろう、シャレのつもりで会長なんてやるもんじないな、後悔しました、だからその時の内容は、ほとんど覚えていません、自分でも早く忘れたかったんでしょう、あっ!会長選挙の時のライバル、森?は後に、デビュー後のあるパーティで偶然再会し、結構売れっ子のフアッションカメラマンになっていました、驚きました、お互い、でも、当時の選挙の話しはなか
ったです、結構プライド高いヤツですからね、そういやアイツ、ポニーテールにして前髪垂らしたら飛猿みたいだったなー続く。



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